エンジニアが語る、新サービス「Musubi AI在庫管理」はどのように生まれたか?
※こちらの記事はカケハシ社の記事を転載しています。実際の記事はコチラ
2021年9月8日、カケハシは新サービス「Musubi AI在庫管理」をリリースしました。着想から1年以上の時間をかけて開発された「Musubi AI在庫管理」は、一体どんなプロダクトなのか。そしてどんな価値を提供するのか。
リリースまでを駆け抜けたソフトウェアエンジニアの平松とデータサイエンティストの保坂が、開発秘話を語ります。
平松拓 Taku Hiramatsu
2014年、京都の大学院修了後、アドテクノロジーを開発・展開する株式会社フリークアウトへ入社。広告配信システムの管理UI/APIの開発、新規事業の立ち上げなどを担当する。
2018年に、家庭の事情で生活の拠点を京都へ移住。スタートアップを一社経て、2020年に、株式会社カケハシヘ。現在は、京都でのフルリモートワークで、新規事業を担当している。
保坂桂佑 Keisuke Hosaka
東京大学大学院総合文化研究科修了。修了後は、株式会社NTTデータ数理システムにてデータサイエンス専門の研究員として勤務。さまざまな業界のデータ分析やアルゴリズム開発を担当する。
その後、株式会社リクルートコミュニケーションズへ転職。データエンジニアリンググループのマネージャーとして勤務したのち、株式会社カケハシへ。2013年データ解析コンペティション優秀賞受賞。著作(共著)に「Kaggleで勝つデータ分析の技術」(技術評論社)。
「Musubi AI在庫管理」が解決へと導く、4つの課題
まず「Musubi AI在庫管理」がどういうサービスなのか教えてください。
平松:
ひと言でいうと、医薬品の在庫管理・発注業務における薬剤師の悩みごとを解決するサービスです。あまり知られていないのですが、医薬品の発注や在庫管理はアナログで管理されていることが多く、手間がかかったり、属人化したり、在庫の最適化が難しく医薬品の欠品や廃棄損が発生したりと、いくつも課題がありました。
「Musubi AI在庫管理」によって解決できる課題は4つ。
1つ目は、発注業務の簡略化です。これまでアナログで行われていた部分を、最短3クリックで発注できるようにしました。
2つ目は在庫管理についてです。もともと「在庫管理に適切なコードが存在しない」という課題がありました。例えば、エンシュアというさまざまな味の種類がある栄養剤があるのですが、薬局ではエンシュアの「味ごとの在庫数」を把握したいわけです。現場の在庫管理で使用されているYJコードでは医薬品の「効能ごとの在庫数」でしか管理ができないため、味ごとの在庫の正確な把握ができず、不動在庫や廃棄損リスクの可能性が高くなっていました。
保坂:
こうした状況にメスを入れるべく、私たちが取り組んだのは独自の管理コードの開発です。
YJコードの他に、医薬品のロット発注時に使用されるGS1コードというものもあるのですが、私たちが開発した独自コードは両者の”いいところどり”をしたもの。薬局で最も在庫管理をしやすいコードだと自負しています。
従来は発注した薬剤を一つひとつチェックして分類する必要があったところが、独自コードで発注すればその手間自体が削減されます。発注後の在庫管理にかかっていた時間は、大幅に削減できるようになると思います。
▼在庫管理に適した独自コード(特許出願中)
平松:
3つ目は発注業務の属人化解消です。保坂がつくってくれたAIのアルゴリズムが「どの医薬品をいつ何箱発注するといいよ」とレコメンドしてくれるので、発注に慣れていない方でも問題なく対応できるようになるはずです。
保坂:
需要予測の仕組みについて簡単に説明しますと、まず薬の需要は患者さん個人に紐づく要素がかなり強いという特徴があります。コンビニやスーパーであれば気温や曜日、周辺でのイベントなどの環境要因によって需要予測を立てることが一般的ですが、医薬品に関しては環境要因よりも患者さん一人ひとりに紐づけて予測しなければなりません。
たとえば過去に来局したことのある患者さんの場合、処方箋の情報に基づいて、疾患の種類や次回の来局日、来局時に処方される医薬品の量などが予測できます。一方、初めて来局する患者さんの場合は処方箋に基づいて予測できないので、別のアルゴリズムが必要です。このように、AI在庫管理では再来局と初回来局の2つの予測アルゴリズムを組み合わせて需要を予測し、現状の在庫量を照らし合わせることで、「何日後にどのくらいの在庫量になるか」を見極め、発注するタイミングを明らかにしています。
▼需要予測機能、発注おすすめ機能(特許出願中)
平松:
課題の4つ目が在庫の最適化です。薬局は近隣の店舗間で在庫の融通をしていることが多いのですが、その作業が大きな手間になっているんですよね。在庫管理が適切に行われず、結果的に調剤の機会がなく不動在庫化してしまうなど、経営視点で見逃せないコストも発生していました。
そういう部分に関しては、動きが少ない医薬品の在庫を抽出し在庫融通を促すUI/UXや、在庫薬品の売買を手がけるPharmarketに簡単に売却できる機能を提供しています。これらの機能によって、在庫管理の「大変そう」「あまりやりたくない」という心理的負荷を軽減しています。
保坂:
実際に薬局でテスト版を使ってもらったところ「欠品を発生させずに在庫量を削減しつつ、発注頻度を下げることができた」「空き箱をもとに1件1件在庫確認をしなくてもよくなるイメージが持てた」といった声が聞けて、安心しているところではあります(笑)。
薬剤師からの期待を支えに
どのように開発を進めたんですか?
保坂:
最初は全くのゼロベースでした。全体的に大変だったのですが、特に来局予測のところは難しかったです。
当初、需要予測はセオリー通りのアルゴリズムを試していたのですが、少しずつ薬局独自の要素を加味する必要があることがわかってきて。「どんな独自要素を加味していくか」を決めるのが大変でしたね。処方の実データを見て、患者さんの来局周期の規則性を見つけて組み込んだり、薬剤師が処方箋から疾患を予測するときの考え方をロジックに組み込んだり……。
平松:
ヒアリングやテストにご参加いただいたどの薬局の方々も、非常に協力的だったことはありがたかったです。店舗数としては40ぐらいの薬局に声をかけたのですが、Musubiというプロダクトを通じてカケハシのファンになってくれていて、かつ大きな期待をかけてくださっていることが伝わってきました。
正直、業務外で新サービスのユーザビリティテストに協力するというのは薬局の方からすると大変なコストだと思うんです。それでも積極的に協力してくださり、「発注時にはこういう指標を確認している」といった細かなフィードバックもいただくことができて……一緒にプロダクトをつくっている同志のような目線で関わってもらえたことはすごく大きかったと思います。「Musubi AI在庫管理」はUI/UXを強みの一つにしていますが、これは薬局のみなさまのご協力によるところが大きいと感じています。
保坂:
私が印象的だったのは、需要予測のモデルを構築する際に一度プロトタイプ的なロジックを見てもらったときのことです。今の在庫管理の考え方を惜しみなく教えていただけましたし、追加で考慮したほうが良い要素も事細かに指摘いただくことができて。
「どうすればより良くなるか」という視点からご意見をいただけたことは、大きな励みになりました。
苦労したところは?
平松:
やはり参入障壁は高かったですね。
薬局において在庫管理や発注は基幹業務。既存の在庫管理発注システムは機能がものすごく豊富だったので、初期のMVP(Minimum Viable Product)として実装する機能を選ぶことは相当苦労しました。
保坂:
需要予測するためには過去のデータが必要なのですが、これまで在庫管理発注システムを使っていない薬局もありました。そういう薬局からデータをいただくとどうしてもPDFファイルなどになってしまい、それらをシステムへ取り込むのはかなり大変なプロセスでしたね。
社内の開発体制は?
平松:
基本的にカケハシはプロダクトごとのチームでスクラム開発をしており、プロダクトオーナー、スクラムマスター、そして開発メンバーという構成です。
開発がスタートしたのが2020年8月ぐらい。半年間はプロダクトオーナー、スクラムマスター、デザイナー、エンジニア3人でやっていて、やるべきことの大きさが見えてきたタイミングで採用活動をスタート。当初から約3倍、社内でも指折りの規模になりました。
チームを拡大していくにあたり意識した点は?
平松:
僕たちが向き合っている課題は大きいので、様々なバックグラウンドを持ったメンバーが強みを発揮できるチームにしたいと思っていました。そのために心理的安全性の担保は特に意識しましたね。コミュニケーションも「Yes,but…」ではなく「Yes,and…」を意識しています。
相手のアイデアを否定するのではなく、肯定した上でアイデアを乗せるような雰囲気が根づいていないと、チーム、プロダクトをよくしていくアイデアは生まれないと思います。
僕らの役目は、まだまだ終わらない
リリースを迎え、チームとしては一旦ひと区切りですかね。
平松:
そんなことはありません(笑)。絶賛採用中で、もっと規模を大きくしていきたいと思っています。
先ほどお伝えした通り、現状の「Musubi AI在庫管理」は厳選したMVPとなっています。市場に出せば、薬剤師からよりリアルなフィードバックをいただく機会が増えてくるので、できるだけスピーディーに取り入れて反映していく必要があります。そのためにもチームはもう少し大きくしたいですね。
カケハシでは、組織開発にも力を入れていて、CTOも常日頃から「ユーザーに価値を提供できるプロダクトを開発するためには、いいチームが必要だ」と口にしています。僕も入社当初はその徹底ぶりに驚きました。チームマネジメントのノウハウも少しずつ溜まってきているので、プロダクト開発と同じように力を入れていきたいと思っています。
求めている人物像は?
平松:
大きく分けて2つあります。
1つは薬局業界というドメインの知識を自分から興味を持ってキャッチアップできること。現状で知識がなくてもいいので、入社にあたり知識を習得することに前向きな方にお越しいただきたいですね。社内には薬剤師資格を持っているメンバーも多数いるので、どんどん頼っていただきたいと思います。
もう1つは、変幻自在に動けること。まだまだ立ち上げ期で、変化の多い状況にチームで向き合っていく必要があります。軸足となる専門領域を持った上でという前提ですが、自分の領域に固執せず、プロダクトやチームのために柔軟に動くことができる方にぜひご活躍いただきたいと思っています。
保坂:
私からも2つ。
1つは、ユーザーの顔が見える喜びを共有できること。カケハシの仕事の特徴は、ユーザーの顔が見えるという点です。プロダクトを使ってくれる薬剤師を想像しながら、皆さんに貢献できる喜びが味わえる仕事です。その喜びを共有できる方に来ていただけたら嬉しいですね。
もう1つは、チャレンジングな課題を乗り越える意思があること。今までの話からおわかりいただけるかもしれませんが、私たちが解決すべき課題はとても大きく、チャレンジングなものです。一つひとつ解決しながら、薬局に対して価値を提供していく道のりをともに歩んでいただく意思をお持ちの方にお越しいただきたいと思います。
「Musubi AI在庫管理」がこの先に見据えているゴールは?
保坂:
そうですね……
1つはまだ需要予測の部分が薬の種類やデータの量によっては完璧ではないので、そのあたりをカバーするロジックをつくること。
もう1つは、発注おすすめに関する要件もクリアしきれていない部分があるので、そのあたりの設計や開発の見通しが立てば、私の役目は少しは軽くなるかもしれません。
ただ、今後薬局ごとの個別ニーズも多くなっていくので、私たちがモデルをチューニングするだけではなく、各薬局が独自のデータを投入することでチューニングされていく仕組みをつくっていきたいと思います。
平松:
薬局での在庫管理や発注の業務オペレーションを最適化するためには、やるべきことがまだまだあります。今はまだWebアプリケーションに閉じていますが、バーコードスキャナで読み取って発注できたり、在庫をピッキングする機能だったり、検討していることは山ほどあります。
薬局で働く皆さんが目の前の患者さんに専念できるよう、早くゴールを迎えたい気持ちはありますが、まだまだ役目は終わりそうもありませんね。